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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)3151号 判決 1983年9月28日

控訴人

乙木一男

右訴訟代理人

川崎友夫

大江保直

柴田秀

狐塚鉄世

萩谷雅和

被控訴人

甲林花子

右訴訟代理人

繩稚登

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  本件につき、当裁判所が昭和五七年三月二九日になした強制執行停止決定はこれを取り消す。

四  前項については、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人から控訴人に対する、東京家庭裁判所昭和四八年(家)第三四九六号婚姻費用分担事件の審判に基づく強制執行は、これを許さない。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文一と同旨

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人と被控訴人との間には執行力ある債務名義と同一の効力を有する左記確定審判(以下本件審判という。)が存在する。

(一) 被控訴人を申立人、控訴人を相手方とする東京家庭裁判所昭和四八年(家)第三四九六号婚姻費用の分担事件において、同裁判所は昭和五三年三月二三日「控訴人は、被控訴人に対し、婚姻費用の分担金として、(1)金三七二万円を直ちに、(2)同月一日から別居の期間中(婚姻が解消された場合はその日まで)毎月金五万円を毎月末日限り、それぞれ持参又は送金して支払え。」との審判をなした。

(二) 控訴人は同年四月八日東京高等裁判所に即時抗告の申立(同裁判所同年(ラ)第三二五号)をなしたが、昭和五五年三月一四日抗告棄却の決定(以下本件抗告審決定という。)の告知により、本件審判は右同日確定した。

2  本件審判についての異議の事由は、次のとおり婚姻費用分担義務の不存在及び権利の濫用である。

(一) 婚姻費用分担義務の不存在

(1) (正当な理由のない被控訴人の別居)

(イ) 控訴人と被控訴人は昭和四五年四月に同棲し、翌四六年二月一二日婚姻の届出をなし、同年一二月五日までは円満な夫婦生活を送つていた。

ところが、同月六日の朝食時に、飯を一回盛りにしないようにとの控訴人の注意を被控訴人が素直に聞き入れなかつたところから、控訴人は立腹して食卓上の汁碗等を手で払いのけたが、程なく平静に戻つた。

同月一六日控訴人が自宅において、愛用のライターがないと言つたところ、被控訴人は前記の朝食時に、控訴人からライターを投げ付けられたので捨てたと答えた。しかし控訴人は既述のとおり碗等を払いのけただけで、ライターを投げ付けたことはなかつたので、その旨述べたが、被控訴人は自己の言い訳を固執し、翌一七日も同様な言い争いが繰り返された。

このような些細な夫婦間のいさかいを契機にして、同月一八日被控訴人は突如控訴人方を出て実家に戻り、爾後両者は別居状態となつた。かようないさかいは深刻なものではなく、通常の夫婦間において、日常的に生ずるものであり、被控訴人の別居は余りにも常軌を逸し、全く正当な理由を欠くものである。

(ロ) ところで、夫婦の一方が正当な理由もなく別居した場合は、別居した配偶者は相手方に対し、特段の事由がない限り、婚姻費用の分担を請求する権利を有しないものというべきである。すなわち民法七六〇条の規定の趣旨は、夫婦が共同生活の維持のために必要な費用を相互に分担するということにあり、自ら婚姻関係において本質的に必要とされる同居義務に違反し、夫婦の共同生活を破壊した者が自己の生活に要する費用の支出をしたとしても、それはあくまで独自の個人的な支出に過ぎないものであつて、夫婦の共同生活の維持に必要な費用の支出とはいえないから、それを相手方に請求することは許されない。

(ハ) したがって、正当の理由がなく独断的かつ控訴人の意に反して別居に及んだ被控訴人は、控訴人に対し婚姻費用の分担を請求する権利を有しない。

(2) (婚姻関係破綻についての責任)

(イ) 民法七六〇条の規定の趣旨は、夫婦が共同生活の維持のために必要な生活費等を分担すべきであるということであるが、婚姻関係が破綻した場合には、有責の配偶者が支出した自己の生活費等は夫婦の共同生活維持のために支出されたものとはいえず、他の配偶者には、右費用分担の義務はないというべきである。

(ロ) ところで、控訴人と被控訴人との婚姻関係は、左記(a)ないし(e)の被控訴人の有責行為により昭和四七年一月一一日までに完全に破綻した。すなわち、

(a) 昭和四六年一二月一八日午後五時ころ外出先から帰つた被控訴人が先妻との間に儲けた長女月子に対し、「出ていくからね。その代り、お礼参りは必ずさせてもらうからね。」と叫び、その直後、被控訴人の母甲林フクが現れ控訴人と右月子を罵倒した。

(b) 同日午後七時ころ控訴人方を出た被控訴人及び右フクは、控訴人と付き合いの深い近隣八軒の家を殊更離婚する旨挨拶廻りをし、予め用意しておいたタオルを配るなどして控訴人に対し悪質な嫌がらせをした。

(c) 右同日の真夜中、被控訴人は○○市内の控訴人経営の旅館に赴き、その営業用帳簿類を持ち去つた。同旅館の管理人Sからその旨の連絡を受けた控訴人は、直ちに被控訴人の実家に右帳簿類を取り返しに行つたところ、被控訴人の両親は控訴人を同道した右Sの面前で嘲笑した。

(d) 翌一九日午前二時ころ、被控訴人は控訴人方から自分の布団等を運び去り、同月二二日残りの嫁入り道具等をも運び出した。

(e) 翌四七年一月一一日午前九時ころ、被控訴人は控訴人の取引金融機関である○○○信用組合十条支店に赴き、控訴人が右支店に預けておいた控訴人名義の定期預金証書及び印鑑の交付を受けて、その払戻しを受けようとした。同支店の係員からの知らせを受けた控訴人は、なむなく同信用組合及びその他の取引先に対し、被控訴人と係争中であるから同人に金銭の支払をしないよう連絡した。

(ハ) 以上のことから、控訴人は、古い付き合いのある隣近所の人達、自己の使用人、商売上の取引先及び取引金融機関に対し、面目を失うとともに、社会的信用、営業上の信用を失墜させられた。このように控訴人を追い詰め困らせることのみをひたすら行う被控訴人の異常性及び妻としての愛情や思いやりのひとかけらさえ持たない態度を見せつけられた控訴人は、ついに離婚を決意するに至り、昭和四七年一月一二日東京家庭裁判所に離婚調停の申立をなし、その後、後記離婚等請求訴訟に移行したが、被控訴人の別居の当初から両者間には家族共同生活体の維持可能性はなかつたというべく、かような有責な被控訴人に対し、控訴人は婚姻費用の分担義務を負うものではない。

(3) 離婚の本訴・反訴各請求を認容する第一審判決言渡し後の婚姻費用分担義務の不存在

(イ) 控訴人は昭和四八年七月一〇日被控訴人を被告として東京地方裁判所に離婚及び慰藉料(一〇〇万円)請求の訴を提起し、これに対し、被控訴人も離婚並びに慰藉料(三〇〇万円)及び財産分与(二〇〇万円)請求の反訴を提起した(同裁判所同年(タ)第二九二号本訴、同年(タ)第四九一号反訴)。同裁判所は昭和五三年一月三一日離婚の本訴・反訴各請求をともに認容し、控訴人の慰藉料請求を棄却し、被控訴人の慰藉料請求のうち一五〇万円及び財産分与請求のうち一〇〇万円を認容し、その余の請求を棄却する旨の判決を言い渡し、双方とも、離婚を除くその余の敗訴部分についての不服を理由として、当庁に控訴(同裁判所昭和五三年(ネ)第三七五号、同年(ネ)第四一四号)を申し立て、同裁判所は昭和五四年九月六日被控訴人の控訴を棄却し、控訴人の控訴に基づき被控訴人の慰藉料請求を全部棄却し、財産分与請求については原審どおり認容する旨の判決を言い渡した。右判決に対し、被控訴人のみ上告したが(最高裁判所昭和五四年(オ)第一二七九号)、昭和五五年三月二七日上告棄却の判決が言い渡された。

(ロ) 前記の第一審判決は、双方からの民法七七〇条一項五号に規定する事由に基づく各離婚請求を認容したものであり、同判決中右認容部分については、控訴人、被控訴人とも不服はなかつたのであるから、同判決が言い渡された日の翌日である昭和五三年二月一日以降においては、それまでの実質的な婚姻関係不存在の状態に加えて、客観的にも婚姻関係は終了したものとみなすことができ、それは婚姻費用分担義務の発生の基礎となる婚姻関係の消滅とみるべきである。したがつて遅くとも同日以降は控訴人の婚姻費用の分担義務は存在しない。

(二) 権利濫用について

前記(一)の事実に加え、更に双方の夫婦関係は被控訴人の別居の当初から、婚姻費用分担義務の存在の基礎たるべき家族的共同生活体維持の可能性は全く破壊し尽されて存在しなかつたものであり、かつ控訴人と被控訴人の間には子はなく、被控訴人は別居後実家の旅館業の手伝いをしているので、生活費に困窮することもなく、海外旅行にさえ行つている。かかる事情のもとにおいて、被控訴人が控訴人に対し婚姻費用の分担を請求することは当事者の公平を著しく害し、権利の濫円として許されない。

3  本件審判に対する異議事由が、同審判に対する即時抗告に基づく本件抗告審決定の成立以前に生じたものであるとしても、適法な異議の事由とすることができる。その理由は次のとおりである。

(一) 本件請求異議の訴は、昭和五五年七月九日原審裁判所に提起されたものであるが、同年一〇月一日施行の民事執行法が本件訴訟に適用されることは明らかであり、同法三五条二項の規定によれば、確定判決及び仮執行宣言付支払命令のみが、異議の事由の時的制限に服するものとされており、それ以外の債務名義については、なんらの制限も定められていないのであるから、本件抗告決定の成立の時点以前に存在した異議の事由であつても適法に主張できるものというべきである。

(二) かように本件審判に対する請求異議の事由が、時的制限に服さない実質的な根拠は次のとおりである。

(1) 婚姻費用分担の審判は、右分担義務のあることを前提として、その分担額、時期、態様等を具体的に形成決定するものであるが、分担義務自体の存在を終局的に確定する趣旨のものではなく、審判の形式的確定後においても、同義務の存在について既判力を生じないから、通常訴訟において同義務の存否を争うことができる。

(2) 婚姻費用の分担義務は、婚姻の無効、取消、又は離婚等により婚姻関係そのものが存在しなくなつた場合に、消滅することは明らかであるが、それ以外でも、婚姻関係が継続しているにもかかわらず、配偶者の一方が他方の意思に反し、かつ正当な理由もなく独断的に別居したとき、又は婚姻関係が専ら一方の配偶者の有責な行為により破綻したとき、それぞれの時点以降、婚姻費用の分担義務は不存在となるものであり、そのいずれの場合においても、同義務の存否を通常訴訟により決することができるものというべきである。

婚姻費用分担の審判が確定した後、その前提となる婚姻費用の分担義務そのものを通常訴訟により争い得るとすることは、一面において家事審判制度の意義の多くを失わせるものであるが、それは公開の法廷における対審及び判決という手続をとらない家事審判制度そのものに基因するのであり、通常訴訟によつて決する途があるが故に、家事審判制度は憲法八二条、三二条の規定に違反しないとされるのである。

また、婚姻費用分担の問題は、夫婦関係の特殊性を考慮し、家庭裁判所における非訟事件的手続により最終的に解決を図るべきであるとの見解は、一見婚姻関係の実質をふまえ、具体的妥当性を有するかにみえるが、現実には、婚姻費用の分担をめぐる数多くの紛争の実状を無視した極めて観念的な立場である。現実の婚姻費用の分担等をめぐる夫婦間の争いの多くはすでに夫婦関係が破綻した状況のもとにおいて、離婚の争いと相まつて存在するのが殆どである。

本件においても、婚姻費用の分担を求める審判の申立前に、離婚訴訟事件が係属し、夫婦間の共同生活体内部の微妙な問題はすでに公開の法廷にさらけ出されている。このような場合には、夫婦間の特殊性を配慮した非訟的な手続によらしめることは不要であり、真実の発見が強く要求され、公開の対審構造のもとに、通常の民事訴訟により権利義務を確定することが要請される。

(3) 前述のとおり、本件審判の前提たる婚姻費用の分担義務の存否を争う通常訴訟の提起の一つの形態として、請求異議の訴を認めることが、紛争の実質的解決の観点から最も妥当であり、かつこれに伴い、民事執行法三六条一項による強制執行停止の裁判を可能にすることが、法律関係を明確にし、当事者の権利保護及び実質的な公平を確保することになるのである。

(4) もし本件審判についての異議の事由を、本件抗告審決定の成立後に生じた事由に限定するときは、現実の実情として、婚姻費用分担請求権の不発生事由は必ずしも審判の成立後にのみ生ずるものではなく、むしろ審判成立前に生じていることが多く、これを異議の事由として主張できないとすることは、右異議の事由について、公開の法廷における対審及び判決を求める途を閉ざし、右審判に既判力ありと擬制するに等しい結果となり、明らかに憲法三二条、八二条の規定に違反することになる。

よつて控訴人は控訴の趣旨2のとおり本件審判に基づく強制執行不許の裁判を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の冒頭の主張は争う。

(一)(1)(イ) 同2(一)(1)(イ)の事実中、控訴人と被控訴人とが昭和四五年四月から同棲し、翌四六年二月一二日婚姻の届出をしたこと、同年一二月六日の朝食時に、控訴人が被控訴人に対し、飯の盛り付け方について注意したこと、同月一六日控訴人がライターがないと言つたこと、同月一八日被控訴人が控訴人の許を出て別居するに至つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被控訴人が別居するに至つた経緯は次のとおりであり、右別居については正当な理由が存したのである。すなわち、

(a) 被控訴人は昭和四六年九月二八日から同年一〇月二三日まで胆のう炎で○○病院に入院したが、その間控訴人はたまに見舞に来てくれた程度であつた。右入院中、控訴人は被控訴人に対し誕生祝としてダイヤモンドの指輪を購入してくれたが、被控訴人には見せただけで、手渡さず、持ち帰つて金庫に保管するという異常な性格の持主であり、また同年一〇月二〇日ころ被控訴人に対し、病気勝ちな者は家に置けないし、遊ばれると近所に対してみつともなく、使いものにならないから家実に帰れなどと冷酷な言動を示し、自己の欲望を絶対視し、気に入らない被控訴人を追い出そうとする気持がそのころすでに芽生えていた。かかる控訴人の言動が夫婦間に亀裂を生じさせる契機となり、夫婦の仲は次第に冷たいものとなつて行つた。

(b) 同年一二月六日の朝、平素何かと被控訴人の振舞いが気に入らなかつた控訴人は、飯の盛り付け方が悪い、家風に合わないなどと言つて、食卓上の料理を払いのけ、みそ汁の入つた碗を被控訴人に投げ付けるなどの暴挙に及び、夫婦の円満を欠くようになつた。

(c) 同月一六日のライターの件は、控訴人としては被控訴人がライターを捨てたことを口実に実家へ戻らせようとの魂胆であつたが、使用人のTが捨てたものと判明したので、やむなく右の言い掛りを引込めたのである。

(d) 翌一七日右ライターの件を蒸し返した控訴人は、被控訴人に対し、飯の盛り付け方が気に入らない、返事の仕方が悪いなどと言い、湯の入つた茶碗を被控訴人に投げ付け、電話で被控訴人の母に対し、家風に合わないから被控訴人を引き取つてくれと伝えた。

(e) かかる控訴人による常軌を逸した非倫理的、非家庭的、非人間的な一連の虐待行為により、被控訴人は肉体的精神的に痛めつけられ、やむなく同月一八日実家に帰つて別居するに至つたものである。

(ロ) 同(1)(ロ)は争う。

(2)(イ) 同(一)(2)(イ)は争う。

(ロ) 同(2)(ロ)の冒頭の主張は争う。

(a) 同(ロ)(a)の事実は否認する。

(b) 同(ロ)(b)の事実中、昭和四六年一二月一八日被控訴人が近隣の者にタオルを配つたことは認めるが、その余の事実は否認する。タオルを配つて廻つたのは、控訴人が先妻と離婚した際、近所の人達に同女が男性関係のため家を出たと言い触らしたことがあつたので、自分の立場と控訴人方を去る事情を知つてもらうためにしたものである。

(c) 同(ロ)(c)の事実中、被控訴人が右同日○○市内の控訴人経営の旅館に赴いたことは認めるが、その余の事実は否認する。被控訴人は自用のメモ帳を身の回り品の一つとして持ち帰つたにすぎない。

(d) 同(ロ)(d)の事実中、同月一九日布団と冬物の着物の一部を、同月二二日残りの冬物の洋服、着物、履物を持ち帰つたことは認める。控訴人から荷物を取りに来るようにとの連絡を受けたので持ち帰つたまでであり、夏物衣類の入つたたんす、ミシン等は控訴人方に置いたままである。

(e) 同(ロ)(e)の事実中、被控訴人が昭和四七年一月一一日ころ○○○信用組合十条支店に赴いたことは認めるが、控訴人の定期預金証書及び印鑑の交付を受けて、その払戻しを受けようとしたことは否認する。被控訴人は自己各義の預金の有無を確認しただけである。もし、控訴人がその主張のとおり取引先に連絡したとすれば、それこそ被控訴人を裸同然にして追い出し、離婚を強要しようとする控訴人の冷酷な意思を徴表する行為というべきである。

(ハ) 同(2)(ハ)の事実中、昭和四七年一月一二日控訴人が東京家庭裁判所に離婚調停の申立をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。右調停は同年七月二一日不成立となり、被控訴人は同月二七日夫婦同居の調停申立をなした。しかし控訴人は右調停に応じようとしないどころか、再度同年一二月七日離婚調停の申立をなし、翌四八年七月一〇日東京地方裁判所に離婚等請求の訴を提起した。

以上のような別居後の一連の行為からみてもわかるように、控訴人の行為こそ常軌を逸しており、暴力的で、横暴かつ厚顔、無恥であり、自分の意思どおりにならない被控訴人を追い出し、離婚しようと企図していたものであり、被控訴人が別居するに至つたのは、ひとえに控訴人の責に帰すべき事由に基づくものである。

(ニ) 右に述べた控訴人の一連の行為がからみ合つて婚姻関係を破綻へと追いやり、前記第二回目の離婚調停の申立により、完全に破綻したものであり、この破綻は、専ら控訴人の責に帰すべきものであるから、両者の婚姻関係が破綻したからといつて、控訴人は婚姻費用の分担義務を免れることはできない。

(3)(イ) 同(一)(3)(イ)の事実は認める。

(ロ) 同(3)(ロ)の主張は争う。

(ハ) 裁判上の離婚の場合、その判決が確定しなければ、婚姻は解消するものではない。したがつて、前記の離婚等請求事件の第一審判決の言渡しのみにより、婚姻費用の分担義務が消滅するいわれはない。

(二) 同2(二)の事実中、控訴人と被控訴人との間に子がないこと、被控訴人が実家の旅館業の手伝いをしていることは認めるが、その余の事実は否認する。控訴人は相当の資産に加え、多くの所得もあり、経済的に恵まれているが、被控訴人は老父母の扶養にすがつて生活している状態である。

3  同3の主張は争う。異議の事由は本件抗告審決定の成立時以後に生じた事由に限られると解すべきである。その根拠は次のとおりである。

(一) 家事審判法九条一項乙類三号は、民法七六〇条の規定による婚姻費用分担に関する処分を家庭裁判所の権限に属するものと定めており、家庭裁判所は申立により同条に則り、一切の事情を考慮して、当事者に対する後見的立場から、合目的的に裁量権を行使して、具体的に費用分担の時期、額、方法等について形成処分をし、必要な給付を命ずる審判をするのである。抽象的な婚姻費用分担義務があるのに、具体的な婚姻費用分担義務が存在しないといわれることの謂は、実は、いずれの分担義務も存するが、分担額が零であるということにすぎず、これらの点についての判断も、結局具体的な婚姻費用分担義務の内容に関する判断で、家庭裁判所の審判による裁量的形成処分の範囲内の事項であり、婚姻費用分担義務の存否の問題ではなく、分担額の多寡の問題である。したがつて、婚姻関係の存在を前提とする婚姻費用の分担をめぐる紛争については、訴の提起は許されず、家庭裁判所の専属的管轄事項である。

(二) 婚姻費用分担の審判は、抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判にあたり、同分担事件は非訟事件ではあるが、私法上の支払請求権たる実体的な形成権に基づくものであり、本質的には、訴訟事件に属するものといえるから、同審判には既判力が生ずる。

(三) 以上の根拠により、婚姻関係そのものの不存在を異議の事由とするものであるときは、その事由の発生が本件抗告審決定成立時の前後いかんに関係なく、これを適法と解する余地があるとしても、婚姻関係の存在を前提とする異議の事由については、同成立時以後に生じたものでない限りこれを適法とするに由ないというべきである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一控訴人と被控訴人との間に、執行力ある債務名義と同一の効力を有する本件審判が存在することについては当事者間に争いがない。

二本件請求異議の訴が昭和五五年七月九日原審裁判所に提起されたことは原審記録上明らかであり、民事執行法は同年一〇月一日より施行されるに至つたが、本件訴訟については、同法が手続法であることに鑑み、その相当規定が適用されるものというべきである。

三控訴人は本件請求異議の訴において、本件審判の前提となつた控訴人の被控訴人に対する婚姻費用分担義務の不存在等を異議の事由として主張しているが、かかる事由を請求異議訴訟において適法に主張できるか、または右事由の発生時点について時的制限が存するかについて考察するに先立ち、家事審判法九条一項乙類三号の規定による婚姻費用分担(民法七六〇条)の審判の性質、効力について検討する。

同審判は民法七六〇条を承けて、婚姻から生ずる費用の分担額を具体的に形成決定し、その給付を命ずる裁判であつて、家庭裁判所は夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して、後見的立場から、合目的の見地に立つて、裁量権を行使して、その具体的分担額を決定するので、その性質は非訟事件の裁判であり、純然たる訴訟事件のそれではないというべきである。本来婚姻費用の分担義務は、民法上の実体的義務であるから、この分担義務が夫婦のいずれに存するかを確定し、その費用の分担額の給付を命ずる裁判は、別段の規定がなければ、事件全体について、民事訴訟事件として公開の法廷における対審及び判決によりなされるのが本則である。ところが現行法上は、家事審判法九条一項乙類三号により右費用の分担は家事審判により決すべきものと規定されているのであるから、右審判において、夫婦のいずれか一方に婚姻費用の分担義務が存在するとされたからといつて、それにより右義務が終局的に確定されるのではなく、同審判はただ右義務が実体上存在することを前提として、その分担額のみを形成決定し、その支払を命ずるにすぎないものと解するのが相当である。

しかも、同審判は形成的効力を有するが、既判力を生ずるものでないと解すべきであるから、その確定後はもはやその形成的効力を争うことは許されないが、婚姻費用分担義務の存否に関しては、これに争いがある限り、その点について別に訴訟による解決の途が残されているものと解すべきである。そして、右審判は、執行力ある債務名義と同一の効力を有するものであるから(家事審判法一五条)、先に述べたところから明らかなように、その執行力の排除を求めるために請求異議の訴を提起することができ、この場合における異議の事由については、同審判が既判力を有するものでない以上その確定の前後を問わず、婚姻費用分担義務の存否に関する異議の事由を主張できるものと解するのが相当である。ただ、婚姻費用分担義務の存在を前提とし、その分担の範囲、数額のみについての異議事由は、右審判の確定時(本件についていえば、本件抗告審決定の成立時)以後に生じたものに限られると解するのが、右審判の前記した性質、効力に鑑み相当である(民事執行法三五条二項は、確定判決及び仮執行宣言付支払命令についてのみ、異議の事由の時的制限を定めているが、右審判の前記のとおりの性質及び効力からみて、同条項の規定にもかかわらず、同審判に対する異議の事由は叙上の範囲で時的制限に服するものと解する。)。

ところで本件においては、控訴人は分担額を争うものではなく、その前提となる婚姻費用の分担義務そのものの不存在を主張しているのであり、また控訴人の権利濫用の主張も、分担額を争うものではなく、同分担義務そのものの不存在の主張に帰着するものであることは、その主張に照らし明らかである。してみれば、本件において、控訴人は、本件審判に対しその確定の前後を問わず、異議の事由を主張できるものというべきである。

四そこで、以下異議の事由の存否について検討する。

1  本件審判の理由欄第2「当裁判所の判断」のうち1「別居の原因」の説示が別紙第一記載のとおりであること、右「別居の原因」に関連する本件抗告審決定の説示が別紙第二(同決定の理由欄二)記載のとおりであること、また、本件審判の理由欄第2の1末尾の「相手方(本件控訴人)にむしろ大部分の責任があるというべく」が本件抗告審決定において「当事者双方の責任とすべきではあるが、あえて両者の責任の軽重を問うとすれば、むしろ相手方(本件控訴人)の責任をまず取り上げるのを相当とすべく」と訂正されたことは、<証拠>によつて明らかである。

2  次に、婚姻費用分担義務が不存在であるとの控訴人の異議事由のうちの「正当な理由のない被控訴人の別居」及び「婚姻関係破綻についての責任」の各主張について判断する。

(一)  夫婦が別居し、婚姻関係が破綻している場合でも、法律上の夫婦関係が継続している限り、原則として夫婦間には婚姻費用の分担義務があり、例外的に別居及び破綻の責任が専ら夫婦の一方のみに存する場合には、その者は相手方に対し、婚姻費用の分担を請求することはできないものと解すべきである。

(二)  これを本件についてみるに、本件審判の理由第2の1及び本件抗告審決定の理由欄二の各説示並びに同決定中における前記訂正にかかる説示は、本件訴訟における控訴人の前記各主張(ただし布団、身の回り品の持出しについての主張を除く)及びこれに対する被控訴人の反論と同一の事項についての認定判断であることは前掲各書証に徴し明らかである。

ところで、当裁判所も、本件訴訟における当事者の右各主張、反論について、前記各説示にかかる事実と同一の事実を認定するものである。すなわち<証拠>によると、前記各説示にかかる事実と同一の事実(ただし、同事実中、控訴人と被控訴人が昭和四五年四月から同棲し、翌四六年二月一二日婚姻の届出をしたこと、同年一二月六日の朝食時に、控訴人が被控訴人に対し飯の盛り付け方について注意したこと、同月一八日被控訴人が別居したこと、同日被控訴人が近隣の者にタオルを配つたこと、同日被控訴人が控訴人経営の○○市内の旅館に赴いたこと、昭和四七年一月一一日ころ、被控訴人が○○○信用組合十条支店に赴いたこと、同月一二日控訴人が離婚調停の申立をなしたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。)を認めることができる。<反証排斥略>。

次に被控訴人が昭和四六年一二月一九日控訴人方から布団等を、同月二二日残りの冬物の洋服、着物等を持ち帰つたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、控訴人方には、被控訴人の夏物衣類の入つたたんす及びミシン等が残されているだけであること、右二回にわたる持ち帰りについては、被控訴人は控訴人の了解を得たことが認あられる。

以上の事実を総合し、当裁判所も本件審判及び本件抗告審決定中の前記説示中の判断と同様に、被控訴人が昭和四六年一二月一八日控訴人の許を去り、両者が別居するに至つたことについては、当事者双方の責に帰すべき事由に基づくものと判断するものである。そして右事実関係のもとにおいては、控訴人が離婚調停の申立をしたことに争いのない昭和四七年一月一二日の時点において、控訴人と被控訴人の婚姻関係は実質的に破綻していたというべきであるが、その責任は当事者双方に、ほぼ同程度に存したものと認めるのが相当である。

(三)  してみれば、本件審判の前提となつた控訴人の婚姻費用の分担義務は、被控訴人の別居及び両者の婚姻関係の破綻にもかかわらず、消滅することなく、離婚判決の確定(昭和五五年三月二七日に確定したことは当事者間に争いがない。)に至るまで存続したものといわざるをえない。

3  さらに、離婚の本訴・反訴各請求を認容する第一審判決の言渡し後は婚姻費用の分担義務は存在しないとの控訴人の主張について検討する。

請求原因2(一)(3)(イ)の事実(離婚等請求本訴・反訴の提起及び第一ないし第三の各判決の言渡し、その内容等)は当事者間に争いがない。

ところで離婚等請求の本訴・反訴の各離婚請求部分を認容する第一審判決が言い渡され、当事者双方がいずれも右認容部分については不服がなく、その他の慰藉料及び財産分与請求についてのみ不服があるため、当事者双方から控訴がなされた場合であつても、右離婚請求部分について移審の効力を生じ、その部分の第一審判決は確定しないものと解すべく、したがつて右第一審判決の言渡しのみによつては、法律上の婚姻関係は解消するものではないというべきである。そして、法律上の婚姻関係が継続する限り、原則として夫婦間に婚姻費用分担義務が存続するものと解すべきであることは前記2(一)の判示のとおりであるから、特段の事情の認められない本件において、右第一審判決の言渡しにより、そのことだけからその翌日以降控訴人の被控訴人に対する婚姻費用分担義務が不存在となるとの控訴人の主張は、独自の見解として排斥を免れない。

4  最後に控訴人の権利濫用の主張について検討する。

<証拠>によると、被控訴人は昭和四六年一二月一八日控訴人と別居した後、実父甲林五郎方に身を寄せ、同人の経営する旅館業の手伝い(この点は当事者に争いがない)や家事手伝いに従事し、その生活費は実父に依存し、両親から毎月一万用ないし二万円の小遣銭をもらつていたにすぎないこと、被控訴人が別居後の昭和四八年三月に参加した欧州旅行は、傷心を癒すため実父の援助によりしたものであること、本件審判により支払を命ぜられている金員は、被控訴人自身の生活費としてのそれであることが認められるのであつて、右認定の事情のもとにおいては、控訴人と被控訴人の間に子がないこと(このことは当事者間に争いがない。)及び先に認定した双方の別居、裁判上の離婚に至る経緯等本件に現れた一切の事情を斟酌しても、未だ控訴人の被控訴人に対する婚姻費用分担義務及びその必要が前記離婚判決の確定まで存続したことを否定することはできず、したがつて、被控訴人の控訴人に対する婚姻費用分担請求を目して権利濫用にあたるということはできない。

5  以上の次第で、控訴人主張の異議事由の存在を肯認することはできないから、控訴人の本訴請求は棄却を免れない。

五よつてこれと結論を同じくする原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を、強制執行停止決定の取消し及びその仮執行宣言につき民事執行法三七条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(鈴木潔 鹿山春男 岡山宏)

別紙第一

1 別居の原因

相手方は、本件別居の責任は、申立人の両親を含めた申立人側にのみあり、相手方は婚姻費用を負担する理由がない旨主張するので、まずこの点について検討する。

<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。すなわち、

(1) 申立人と相手方とは、事実上の婚姻同様の同棲を経て、昭和四六年二月一二日正式に婚姻したもので、当時、申立人は三二歳、相手方は四六歳であつた。両名とも再婚同士の婚姻であつて、相手方には先妻との間に月子、雪代という成長した二人の娘があつて当初から同居し、同棲し、婚姻して後しばらくしは、申立人は、相手方の経営する旅館「モーテル○」を手伝うかたわら、実事をとりしきり、二人の娘ともども平穏な家庭生活を営んでいた。

(2) ところが、申立人は、同年九月二八日ころ胆のう炎のため病院に入院したが、その際、相手方は、当初は、申立人のために約二六万円を出してダイヤの指輪を購入して与えるなど、愛情を示していたが、入院生活が、二週間、三週間と長びいたためか、退院に至らない申立人に対し病気について苦情めいたことを言つたり、退院後はぶらぶら遊んでいられては困るので実家で静養するようにすすめたりしたため、退院後、申立人は実家に戻らず相手方宅に帰つたものの、申立入と相手方との間はわだかまりが生じて円満を欠くようになつた。

(3) かくするうち、同年一二月六日ごろ、相手方が若い妻に対し「しつけ」をする意図から申立人のした飯の盛り付けに方に文句を付け、これに対し、申立人が素直な態度をとらず、反抗的であつたため、これに立腹した相手方が、食卓上のものを手ではげしく払いのけるなどのいさかいを起したが、申立人があやまつてその場は納つたものの、約一〇日ほど経て後、申立人が相手方のライターを投棄していたことから、このいさかいの際に、食卓上のみそ汁入りの碗などをひつくり返したが、一緒にライターも投げつけたとか、いや投げつけないといつた口論となり、あげくのはてに、相手方は、申立人に向つて、相手方に協力できない妻など居てもしようがないと言つて家を出て実家に戻るよう言渡し、更には、申立人の母甲林フクに対し、電話で申立人を引取るよう要求して、申立人の父五郎からの話合いに来てほしいといつたとりなしにもまるで耳をかそうとしなかつた。

(4) そこで、申立人は、同年一二月一八日ころ、話合いに相手方にやつて来た家母フクとともに、相手方宅を出て実家へ戻つたのであるが、その直前に相手方の娘月子を含めて口論めいたやり取りがあつて、険悪な雰囲気のうちに申立人らは相手方宅を出ており、その際に近隣の家を数軒訪問し、タオルをくばりながら相手方と別れた旨を述べて挨拶をしてまわるような行動に出た。

(5) 相手方は、申立人の父五郎の話合のため来てほしいという要望に対して拒否していたが、申立人が同人の記帳していた旅館「モーテル○」の帳簿を実家に持ち帰つたことを知つて、あわてて、申立人の実家に取戻しに赴いたところ、相手方のこうした姿勢に怒つた五郎らが、相手方のこの勝手な態度を揶揄し、非難したこと、更にその後になつてフクらが申立人が家を出た折に近隣に挨拶して回つたことを知つて、申立人の両親に対し憤懣の念を強く抱くに至つた。

(6) しかし、この段階では、相手方は、若い妻に対し、自分の望みどおりの妻にするためしつけをするといつた気持も半ばあつて、完会に離別する決意まで固めておらず、申立人側から依頼された知人が和解の話合いをすすめに来た時は、翌年まで待つように言うに止どめていたところ、翌四七年一月中旬ころになつて申立人が相手方の裏預金の有無などを取引先の○○○信用組合に問合わせたうえ、預託してある預金証書などの返却を求めたという事実を知つて、申立人が何故かような所為に出たかを疑念をつのらせ、こういつた申立人とはもはや再び同居することは出来ないと思いを固めるに至り、直後の同年一月一二日離婚を求めて、当庁に対し調停の申立を行つた(昭和四七年(家イ)第一四八号)。

(7) この調停に際し、当庁調査官の手によつて事前調査が行われ、家事調停委員会による話合いが都合六回重ねられ調整がこころみられたが、遂に合意点を見出し得なかつた。すなわち、片や相手方においては、申立人の実父母達の対応に強く不満を抱き、又申立人の裏預金探しの行為に特に不安を抱いて離婚に固執し、他方申立人は、実父母が相手方にとつた態度は相手方の出方からしてやむをえないと思つており、これまで難しい家庭をまとめるべく努力して来たことを考えると一方的に離婚を求められることに納得できないとして離婚を拒否し、この両者の調整がつかず、昭和四七年七月二一日調停は不成立となつて終了した。

(8) その後逆に、申立人は、夫婦同居を求め同年七月二七日当庁に対し調停を申立てた(昭和四七年(家イ)第四六五三号)。この調停の期日は二回開かれたが、相手方は、申立人が戻つて来て同居することを強く拒否したため、申立人は、同年一一月七日この申立を取下げるに至つた。相手方は、その後同年一二月七日再び離婚調停を申立て、不調となるや昭和四八年七月一〇日東京地方裁判所に対し離婚訴訟を提起した(昭和四八年(タ)第二九二号)。

以上である。

ところで、夫婦の間の婚姻費用の分担義務は、夫婦であるという法律関係によつて当然生ずるものであつて、夫婦の一方が他方配偶者の意思に反し、あるいは正当の事由もなく独断的に別居するなど、別居の主要な原因を専ら作出した配偶者で無い限り、他方に対し婚姻費用の分担を求め得るものと解すべきであり、夫婦関係が実質的に破綻していても、又離婚訴訟が係属中であつても、原則として分担義務に消長を来すものではないと解せられる。

そこで、相手方の婚姻費用を負担する理由なしとの主張について案ずるに、上記(1)ないし(8)の事実をもとに別居の原因についてみるとき、たしかに別居後の申立人には裏預金を探るなど不審な行動があつて、そのため相手方が同居に応じないことは心情的に理解しえないわけではないが、そもそもそれ以前に別居を強く求めたのは相手方であり、それも行き過ぎた妻へのしつけが原因であつて申立人側にのみ別居の責を負わせるべきではなく、相手方にむしろ大部分の責任があるというべく、相手方の主張は理由がない。

別紙第二

二 抗告理由1について

抗告人は、円満な夫婦関係を破綻したのは相手方の勝手気ままな常軌を逸した行動であり、責任の大半は相手方及びその両親にあると主張する。そして、一件記録によれば、相手方は、昭和四六年一二月一八日ごろ話合いに来た母とともに抗告人宅を出たのであるが、その当日母とともにタオルを持参して近隣に挨拶回りをしたこと、次いで抗告人の営む旅館の帳簿を取り上げたこと、その後更に抗告人の取引金融機関に赴いて預金証書等を受け取ろうとしたこと等の行動に出たことを認めることができる。

しかしながら、同じく一件記録によれば、これら相手方の行動は、食事に関する注意を相手方が素直に聞かなかつたというささいなことに立腹して粗暴な挙に出た上、相手方に出て行くよう申し向け、相手方の実家に電話して両親を紛争に巻き込んだ抗告人の所為に対し、相手方が反発して執つた行動であると認められる。そうすると、右相手方の行動には、度を過ごしたという点では批判される余地も存するけれども、何といつても年長者であり、先妻との間の年頃の二人の娘も同居して複雑な関係にある家庭の夫として(これらの点は、記録上明らかである。)、抗告人には、より思慮ある態度を執ることが期待されてしかるべきである。したがつて、本件夫婦関係を破綻に導いた原因としては、抗告人の責任をまず取り上げざるを得ないものである。

よって抗告人の右主張は、採用することができない。

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